大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)18号 判決

宮崎市池内町前吾田一〇八〇番地

上告人

野中重利

右訴訟代理人弁護士

佐々木正泰

長野県北佐久郡北大井村加増一三六〇番地

被上告人

高橋鹿之助

右当事者間の売掛代金請求事件について、東京高等裁判所が昭和二六年一二月二七日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐々木正泰の上告理由は、末尾に添えた書面記載のとおりである。

上告理由第一点に対する判断。

控訴裁判所は、第一審裁判所における訴訟手続に違法があつた場合においても特に明文のある場合を除き必ずしも原審に事件を差戻さなければならないものではなく、各場合の情況に応じて或はこれを差戻し或はこれを差戻すことなくそのまゝ審理を続行して自ら判決をすることを妨げるものでないこと民訴三八九条一項の規定上疑ないものと言わなければならない(昭和一二年一〇月四日大審院判決参照)。記録により本件における訴訟手続の経過を見ると、昭和二五年八月一四日同年九月四日午前一〇時の第一回口頭弁論期日の呼出状は訴状と共に上告人(被告)住所に送達されたところ右訴状及び期日呼出状は上告人の書面(第一審判決摘示の事実を記載したもの)と共に上告人から第一審裁判所に返送され、上告人は同年九月四日の第一回口頭弁論期日に出頭せず、被上告人(原告)代理人は右期日に出頭して請求の趣旨、原因を陳述し上告人の前記書面が読み聞けられたので甲第一号証を提出し被上告人(原告)本人の尋問を申出で採用された。そして次回期日は同年九月一八日午前一〇時と指定告知され、同期日に上告人は不出頭、被上告人代理人は出頭して被上告人本人の尋問がなされ甲第二乃至第四号証が提出されて弁論が終結され判決言渡期日は同年九月二五日午後三時と指定告知されて同期日に第一審判決が言渡された。そして、右判決に対し上告人(被告)から控訴が申立てられ、控訴審においては第一審判決摘示どおりの事実が陳述され、被控訴人(原告)代理人は甲第一乃至第一〇号証を提出し控訴審証人高橋佐忠太の証言及び第一審及び控訴審における被控訴人本人の供述を援用し、控訴人(被告)代理人は乙第一乃至第八号証を提出し控訴審証人富高衛、川崎永玄、斎藤亮一、長友一男の各証言、控訴人本人の供述を援用し、双方代理人とも書証に対する認否等を陳述したことが認められる。以上の経過から見ると、本件における第一審の訴訟手続は無に等しいものではないから、審級維持の必要上第一審の訴訟手続からさらにやり直さなければならない場合とは認められない。それ故、控訴裁判所はその裁量によりそのまゝ審理を続行して自ら判決をすることも妨げない場合と言うことができる。しかも、控訴審たる原裁判所は第二審として審理を尽した上本案の判決をしたのであるから、たとい所論のように第一審の訴訟手続に違法があつたとしてもその違法は補正せられたものというべきであつて、上告審としては原判決を破棄する要なきものと解するのが相当である。けだし、第二審で本件のように審理を尽し判決をした以上、当事者の訴訟上の利益は実質上十分に保護せられているのであるから、さらに上告審において第一審の手続上の瑕疵を理由として第二審判決を破棄することは全く実益がなく訴訟経済上の本旨にも背くからである(昭和五年八月四日大審院判決参照)。されば、第一審の訴訟手続に違法のあることを理由として本件を第一審裁判所に差戻すべきであると主張する論旨は採用することができない。

上告理由第二点乃至第四点に対する判断。

論旨は、いずれも「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、また同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない(第一審における被上告人本人の供述を証拠に引用したこと、上告人がアンゴラ兎商を営むことを争ない事実としたことは違法であるとしても、右の証拠及び事実を除いても原審が引用したその他の証拠及び判示事実によれば原判示の事実を認定し得られるから論旨は結局理由がない)。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二七年(オ)第一八号

上告人 野中重利

被上告人 高橋鹿之助

上告代理人佐々木正泰の上告理由

第一点 原審裁判所は上告人が「第一審の昭和二十五年九月十八日の口頭弁論期日の呼状を同日送達された。宮崎市にある被告が第一審裁判所の同期日に間に合うように出頭出来ないことは明かであり、同期日に被告不出頭のまま弁論を終結し判決したのは違法である」と主張したのに対し、原審が昭和二十五年九月十八日午前十時の本件口頭弁論期日について為した期日呼出が控訴人出頭のため必要な相当な期間をおかないで為されたまま弁論を行い裁判をしたことは妥当でないとすべきではあるが、適当の時期に呼出手続を経た前回口頭弁論期日たる同年九月四日には次回期日として、右九月十八日の期日を告知されたことが記録上明らかであるから、前示呼出の遅延した期日に開かれた弁論は必らずしも不適法とするには足りない」と判決された。

しかし乍ら期日に於ける呼出は呼出状を送達してこれを為し当該事件につき出頭した者に対しては期日を告知するを以て足ることは民事訴訟法第百五十四条の定めるところである。

従つて不出頭の当事者に対する次回期日の告知は必ず呼出状を送達して為さるべきは同条の適用上当然である。

しかも呼出状の送達と次に出頭すべき期日との間は現在の交通状態において出頭可能の期間を置くことを要し、出頭不可能なる日時を以て指定すべきでないことは被告の権利保護の立場から当然である。

而して本件における第一審裁判所の昭和二十五年九月四日午前十時の第一回の口頭弁論期日に被告である上告人が出頭しなかつたことは同日の口頭弁論調書の記載で明かであつて、次回期日として指定された同月十八日午前十時の口頭弁論期日は少くとも被告が現在の交通状態において出頭可能の日時を置いて呼出状を送達して為さるべきは当然であつて、呼出状の送達に依らず又呼出状を送達するも到底出頭不可能の日時を指定すべきではない。

然るに第一審裁判所は昭和二十五年九月十八日午前十時の口頭弁論期日の呼出状を前日の十七日正午十分に宮崎郵便局集配人小川勝義の手で送達せられたことは、記録二三丁で明瞭であつて送達と期日との間は僅かに二十一時間と十分である。

しかして被告の所在地宮崎駅から第一審裁判所の所在地である長野県岩村田駅迄の所要時間は交通公社発行の時刻表によつて明かなように急行列車を利用し、車中だけでも三十八時間を要し、これに出発用意の時間と自宅より宮崎駅に行く時間と岩村田駅から裁判所に行く時間を計算するときは、到底何人と雖も出頭不可能であつてこの呼出手続を以てしては適法な期日の呼出が行われたということは出来ない。

原審裁判所は第一回の呼出が適法であつてその期日に当事者が不出頭の場合は、次回以降の期日の呼出は現在の交通状態で出頭不可能なものであつてもよろしいといわれるが、斯の如きは民事訴訟法第百五十四条の解釈と適用を誤つたことの甚しいものであるばかりでなく又「法は不能を強いることなし」という大原則にもとるものであつて、結論において適式の呼出を受けた当事者が出頭しないときは再後の呼出の要なしということに帰着し、その無軌道振りは現行訴訟制度の下で到底許されない判断であるといわなければならない。

この一審の違法判決の為め上告人は一審における防禦の機会を奪われ現行訴訟制度の上で認められた三審制度の保護を奪われたのであつて、斯の如きは到底上告人の承服のできないことである。

されば原判決はこの点において到底破棄を免れないのみならず本件は御庁の判決に依つて当然第一審裁判所に差戻さるべきものと信ずる。

第二点 原審裁判所は判決の理由を認める証拠として「第一審裁判所における昭和二十五年九月十八日の被上告人の供述を採用し且つ「甲第十号証の一乃至五、七、八、九号証(電報)の末文発信人の名と解せられる部分に「ノシ」又は「ノ」とあるのは控訴人「ノナカシゲトシ」の略符号として用いられたのである。」と判示された。

しかし第一点で述べたように第一審における被上告人高橋鹿之助の取調べは上告人に適式の呼出なくして取調べられたものであつて、これを証拠として採用すべきものでないことは明かなのみならず「ノシ」又は「ノ」の略符号は宮崎県農村同志社の略符号であることは、上告人が原審で援用した甲第七号証の三及び乙第八号証で明かにされて居るように同社が使用中の社判に明かに「電略ノシ」と刻まれこれを押捺されて居る事実自体によつて、明かであつてこの明かな事実に反する思考は到底容れる余地がない。

「ノシ」の電略を使用する宮崎県農村同志社に同居する九州アンゴラ兎普及協会の会長である上告人野中重利が、同志社と同じ電略の符号を使用するなどということは常識上到底考えられない事柄であつて、原審のこの点に関する判断は常識を逸したことの甚しい判断であつて、こじつけより他の何物でもなく到底許さるべきではない、従つてこの判断を基礎とした原判決は当然に破棄さるべきものである。

第三点 原審裁判所は判決の理由において本件当事者の身分関係について、当事者双方ともにアンゴラ兎商を営んで居たということは当事者間に争いがないという事実を認定し、この認定と甲各号証並びに証人高橋佐忠太、被上告人の第一、二審の供述とに依つて本件取引が上告人と被上告人間に行われたものと認定した。しかし上告人は記録を一見すれば明かな如く最初から九州アンゴラ兎普及協会会長として兎を取扱つたことはあるが、個人として兎を取扱つたことはないと主張し、個人としてアンゴラ兎商を営んだ事実を否認して来たのである。この事実は本件記録の上で上告人がアンゴラ兎商であることを認めた記載がない事実によつても明かである。

にも拘らず原審は何等の根拠なく、上告人においてこれを争わないと認定し、これを判断の資料に供して被上告人の主張を許したものであつて斯くの如きは法律上許さるべきでない。結局この許されない資料を以て為された原審判決は違法であつてこの点でも原判決は到底破棄を免れないと信ずる。

第四点 原審裁判所は九州アンゴラ兎普及協会は会則によると団体として組織、資産運営及び経理方法については何等規定するところがないこと、会則に依れば会員がなくして既に所謂協会が存するものであり、会員の存在しない組合なるものは考えられないところであるということと協会は事業の主体たる性格を持つものでないという三点から、協会は上告人個人の事業であり、従つて本件の取引は上告人個人の取引であると断定された。

然れ共九州アンゴラ兎普及協会は乙第一号証の会則第一条で名称と事務所の所在地を定め、第二条で目的を定め第三条で協会の業務を定め第四条で会員たる資格発生条件を定め、次条以下で会員たるの権利義務を定め第十二条以下で業務の執行機関とその選任方法及びその任期を定め、組合として成立し得る定めのあることが明かである。

かくの如く団体としての組織と運営についての定めがある限りこれを以て組合としての発足に何等欠くるところはないといわなければならない。資産、経理方法について具体的定めがない故を以て組合の成立を否定すべきでなく、この場合は民法その他の法令に従つて善処すればよろしいと解釈すべきものである。

その実質においても上告人が会長となり訴外川崎永玄が副会長となり、宮崎市広島通り一丁目三番地宮崎県農村同志社内に事務所を設け、事務員を雇入れてアンゴラ兎の販売の業務を開き、被上告人より送られたアンゴラ兎を分譲してこれを会員名簿に登録してその実質を備えて居たものである。

この事実は乙第五号証日向日日新聞紙の記載に依れば当時は既に会長、副会長、相談役、部長、嘱託指導員、顧問等も決定し七ケ所の支部を有し且つ宮崎市内に五ケ所の種兎の申込所を設けて大々的に組合の事業として発足したものであることが明かであつて、これを事業団体としての体を備えないというが如きは非常識の甚しいものであるといわなければならない。

殊に甲第一号証、甲第二号証一、二甲第三号証ノ二甲第五号証ノ四、五、八甲第七号証の三、乙第一号証乃至五、乙第六号証乙第七号証ノ一乃至五証人富高衛、川崎永玄、斉藤亮一、長友一男、上告人等の供述に依れば九州アンゴラ兎普及協会は上述の如く独り規則の上のみならず実質においても組合活動をして居た事実が明瞭で、この規約とこの実質を無視して事業の主体性を欠くと断ずるが如きは実に甚しき偏見であるといわなければならない。

更に被上告人も原審裁判所において「私は宮崎に二回行きました一回目は私が行くと……良く来てくれた九州アンゴラ兎普及のために是非一週間ばかり滞在してくれ、その間の宿泊料も払うから……といつて先きに送つた兎の代金はすぐ送るようにするからといつていました」と述べ「一回目に宮崎に行つた時には只今申しましたように、指導をしてくれというものですから、毛の刈り方、飼育の方法等を教え又品評会の審査なども致しました」と述べて居るように九州アンゴラ兎普及協会のために尽力し九州アンゴラ兎普及協会の名前で甲第一号証の支払誓約書を持ち帰つたのである。

以上の実状を無視して九州アンゴラ兎普及協会の事業の主体性を否定してこれを上告人個人の事業の宣伝のための名目にすぎないと断ずるが如きは、これは全く常識を欠くことの甚しいもので、組合に関する法規の解釈と適用を誤つたことの甚しいもので、この点でも原判決は当然破毀されなければならないものと信ずるものである。

以上

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